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2008年8月 4日 (月)

自己/恋愛論

結婚相手とか彼氏とか、そういう特定の一人で全てのニーズが満たされるという人は世の中にどれ位いるのだろう、なんてふと思った。

一般的に言って、人は自分を理解してくれる人(してくれてると思う人)をパートナーとして選ぶ傾向が強いと思う。

自分を理解してくれると言った場合、勿論自分自身というのは大きい要素だけど、自分が仕事で置かれている状況、友達との仲、家族との間柄、といった様々なシチュエーションにおける自分を理解してくれるという要素もかなり多くを占めていると思う。ただ、それぞれの異なるシチュエーションを事細かに一人に理解してもらうことは、その相手がその場にいない限り、とても難しいと思う。

相手に理解を求めるにしても、自分の相手に対しての説明や説明に要するエネルギー、それ以上に相手の理解度や想像力の度合いなど、相手の努力も相当に必要。

だから無意識のうちに、自分が置かれた状況に近い人や自分の境遇に近い人を選んで、自分が思うことを話したり、感情を共有することが多いのではないかと。

その話したり共有する相手が同性の場合、友情が芽生えることもある。異性の場合、友情も勿論あるけど、それ以上に恋愛感情が芽生えることも多いと思う。

最近、あるシチュエーションで話をしていて、私ととても似た物事の捉え方をする人に出会った。相手も同じことを思っているように感じた。お互いに相手はいることは知っているので何かが起きるとは思わないけど、なんとなくコネクションを感じる瞬間があったのは事実で、その時お互いが言ったのは、「一人の人に自分を全てを理解してもらうのは不可能」ってこと。でも、そうは言いながらも「この人なら理解してくれるのかも」という思いが一瞬頭をよぎったりした。

そういう感覚って自己愛に近いのかな、と。だから、恋愛は自己愛の表れなのかも、って思ったりする。

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コメント

セレブさん、こんにちは。

冒頭の疑問は、私も考えることがあります。
「特定の一人で全てのニーズが満たされるという人」では確実にないだろう自分を、ピュアな人間でなく歪んだ人間のように感じることもあります。そして、時には大衆とは違うんだというような嫌なインテリみたいな事を思ったり。。

私の友人、、というか育った周りにいた多くの人は、純朴で、上の疑問に相当するのではないかと思う人ばかりです。

mixiに日記を書いても、本心で書いたことには全く共感されません。それが、「これでいいんだ」と思っても寂しい時もあります。


奇しくもセレブさんと同じ証券業であり、これからはもっとこの業界でキャリアアップしたいと考えています。
でも、私はどんどんそんな純朴な人間たちからかけ離れているようで、寂しくも思います。
でも、夢は諦められないので、孤独の覚悟はできています。

素直に自分を表現しつつ、異なる人にも受け入れられる、憧れを持たれるというのは難しいでしょうか。

甘ちゃんな私は、時々そんなことを考えて、辛く思います。

長文、失礼しました。

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