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2009年9月23日 (水)

生きることの意味

正直、最期に会いに行ったことが正しかったのかどうかは今でも分からない。

病室に入るまでに20分程度待合室で待たされて、その時点でとても嫌な予感がしていた。20分程度経過して、看護婦さんから

「面会されてもいいですが、現在は面会制限している状態だということをお含みおきください」

と言われ、その時点で会うべきではないのではないかと思い始めた。ただ、わざわざ東京から来たのだし、会うために来たのだから会っておくべきだろうと思って病室に入った。

正直、見た瞬間、その人が誰なのか分からない状態になっていた。もう人間ではないみたいで、生きているとはいえない状態になっていた。ミイラみたいだった。過去の面影は全く消えていた。

先生は声を出すことも出来ず、ただベッドの上に置かれている状態だった。体から出ているチューブが生命線の様だった。ヘルパーの方が大声で私が東京から来たことを伝えてくれたが、それが聞こえているかどうかも分からなかった。私は何もできず、ただじっと病室の様子を眺めているだけだった。

今まで誰かの死の間際に直面したことのない私には怖い体験だった。

何か言わなくてはいけないと思ったが、まさかこの状態で「元気になってください」もないし、「がんばってください」もない。何も言う言葉がなくて、ただ椅子に座ってじっと先生の手を握っていた。それ以外に私に出来ることはなかった。私は泣きながら手を握ったまま、ただぼんやりしていた。するとヘルパーさんがこう言った。

「実は昨日の夕方、もう駄目だという話になって、病院側から身内の方をすぐに集めてください、と言われたんです。でも、そんな昨日があっても今日もこうして生きている。あなたを待っていたんだと思います。」

********************************

飛行機の時間が近づいてきて、病室を出る前に一言かけようと思って、顔をのぞくと先生は目を開けていた。

「また来ます」

大きな声で伝えた。本当はもう二度と生きているうちには会えないかもしれないと思った。でもまた来ようと思ったのは本当だからそう伝えた。先生は私を見て、うなずいた様な気がした。最後に手をぎゅっと握りしめると、先生は目から涙を流した。私の言いたいことを感じ取ってくれた気がして、私も泣いた。

********************************

病院を出て、なんとなく息をついた。外は風も日差しも強くて驚いた。もう二度とこういう経験はしたくないと思った。でもこれから同じ様な経験が何度もあるだろうとも思った。生きるということは数え切れない死との遭遇を意味しているのかもしれない。

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コメント

セレブさん、大変でしたね。。でも、最後に会いに行ったのは正解だと思いますよ。意外にわかっているのですから。。。
もしもう少し先生が大丈夫そうなら、会いに行けなくても、絵ハガキとか送っても、気持は伝わるんですよ。でも先生はほんとに嬉しかったんだと思います☆

私の父は去年癌が発見されてから半年後の6月に亡くなりました。最期みとることができましたが日に日に骨と皮だけに姿が変わっていき会話も何もできない父と向かい合う勇気がもてず、あえてお見舞いに行かない日もありました。
その時の自分をとてもとても後悔しています。

もしセレブさんが会いに行かなかったらずっと後悔してもっと自分が辛かったと思います。そしてどんな状態になっても死を目前にしている人には、本当にその人を思う気持ちって伝わっていると信じています。

私も年を重ね、人の死に接する機会が増え、今は「こちら側(おみまいに行く方)」の自分も、いつかは「あちら側(おみまいに来られる方)」になる日が来るんだ、と気がつきました。

見送る側として何ができるか、逆にいえば、見送られる側になったとき何をして欲しいか、ですね...

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